秋田やまもと農協役員選考顛末記(三)


 「農協の全利用」という言葉がある。農協の役職員はこのことばをよく使う。昔はこれでもよかったが、今では時代遅れな言葉である。農業経営上で農家が出来ないことを農協が共同という力でやるし、農協ができないところを全農でやる。農家が自分でできることを農協がやればそれはおかしい。系統というのはお互いが出来ないとことを補完するシステムになっているはずである。そういう機能分担しているはずであるが、どっこい「農協全利用」という言葉が独り歩きして、何が何でも全利用となっている現実がある。峰浜にカントリーが出来た当初、米乾燥機を2台も持っている米森組合長が立場上、全量、カントリーに出荷したと聞いている。立場とはいえ、こんなことを当たり前とする経営感覚が農協にふさわしいとはいえない。このようは頭を切り替えるために理事に立候補したのであるが・・・。

 このような批判に当らない「誹謗」ともいえる意見があった中でも八竜の選考委員会では私が推薦された。推薦してくれたI氏も喜んだ。二票が私に入ったが、一人は泉氏でももう一人がだれかはわからない。今になっていろいろな情報が入ってきておぼろげにはわかるのだが・・・・
 その次の日から、八竜支店長から連絡があって「同意書」とか「略歴書」等の提出を要請され面倒くさいと思いながらも、これが役員になるためには必要なことなのかと実感が込み上げてきたものだった
4/29には米森組合長から私の携帯に電話が来た。「理事に選任されてよかったですね。実は5月15日に役員予定者会議があってその中で新たな常勤を選出することになっている。組合長には私が推薦されているし、専務には琴丘地区から予定されているのでよろしくお願いした」と。おかしな話だと思いながら、こういうものなのかなあと思った。。


 ここまでは良かった。ここで事件が勃発した。写真は今年の菜の花ロードです。(大潟村