<山の花への想い・・・イワギキョウ・・・>

これは八甲田のイワギキョウです

<山の花への想い・・・イワギキョウ・・・>

 大学を卒業して、最初に登ったのが鳥海山であった。卒業しても就職口はなく、アルバイトをしながら毎日ぷらぷらしていた。


その夏、中学時代からの親友が夏休みで田舎に帰ってきた。彼は二浪したためまだ学生であった。彼を親父から軽のスズキフロンテアを借りて鳥海山に誘った


彼も山登りは初めてであったらしいが何にもすることがなかったためか私の誘いにのった。30年前のあの頃は山登りが流行していた若い女性が結構登っているという情報が私の耳には入っていた。そのことを彼に話したとは思うが、彼がそれにのってきたのかどうかはわからない。



 象潟の鉾立てから登った。事前に下見をしたわけでもなく、道路図の案内図の通り行ったのである。彼はズックで、私は一応登山靴をかった。秋田のスポーツ店から当時、25000円した。今で言うと10万くらいはしているのだろう。


後日談だが、山で知り合った「登山家タイプ」のひとから、「この靴は私の靴と同じメーカーだ。よく手に入れたね」といわれた。確かにイタリアのメーカーであった。大体、登山靴のメーカーなどというものはほとんどが横文字だらけで、何が英語か、フランス語かわからないのであり、そのメーカーがイタリア語であるなんてわかるはずがなかった。


その人は東京の人で、登山靴についてイロイロ話していたが、今では全く記憶がない。ただ、その靴が一流品であったことだけが、記憶に残っている。


当日は天気がよかった。五合目の鳥の海までは快調であった。天気もいいし、大きなチョウカイアザミも印象的だった。その時は鳥海山の特産種であるということはわからなかった。ただ写真だけは撮ってきたので、それを調べているうちにわかっただけのことである。


鳥の海からは草原地帯を上がり下がりしならが、難所の瓦礫地にはいった。さすがに、ここいら辺からへばってきた。よつんばいになって登るところもかなりあった。一時間から二時間のぼって、あと嫌になって千蛇谷に下りていった。本当はこちらの方が大変であった。鎖のロープを伝わりながらである。


そこで目にしたのが、イワギキョウである。イワギキョウとイワブクロが混生していた。友人は、そのイワギキョウとイワブクロを区別できなくて同じは花だと思っていたらしい。はじめての人はそう思っても無理はない。私も初めてであったが・・・・。


それで、もってきたカメラで、当時は「ヤシカエレクトロ35」だったと思う。二、三歩歩いてはガシャ、二、三歩歩いてはガシャ・・・このシャッターを押す瞬間は、疲れなんか関係なかった。

廻りは瓦礫地である。雑草の中にポツリポツリと咲いている。群生はしていなかった。青紫色でその花びらはお日様に開いている。高山独特の強風にも動じない派手な青紫が輝いている。汗を拭きながら、覗くローアングルのファインダーは腰と肩をくねらせる。瓦礫に足をとられながらもその可憐さに感動して撮りまくった。友人は迷惑そうに「早く来いヨ」と怒鳴る。


しかし、結果的にはそのほとんどが、失敗作。その時は接写とか、マクロ撮影などという技術とは程遠かった。ピントは合っていないやら、露出がうまくはないやら・・・DPE店で楽しみにしていた36枚撮り2本。そのプリントを見たときは、口惜しくて口惜しくて・・・


あの可憐なイワギキョウをどうして取れなかったかと・・・このことが私を山の花にのめり込ませたきっかけになった。span>