<今日の農作業・・・穂肥散布・・・>

暗門二の滝

<今日の農作業・・・穂肥散布・・・>

 
7/21、どんよりした曇り空。稲はすでに幼穂形成期にはいり、減数分裂期をむかえようとしていた。穂肥散布には若干早いかと思えたが、秋田県の今年の稲の生育は2〜3日早いということから、穂肥散布を決意した・・・・といえばカッコイイのだが、


実のところ第一に、曇天で動散でNK23の20?を蒔く作業が楽。第二に中干の水田に水を入れたばっかりなので、まだ、下が固く靴がめり込まないのでこれも作業が楽。第三に散布する日が土日しかないので、今度の土日、28日、29日では遅すぎる・・・・という判断からである。



 昨年は29日に散布した。ところが、肥料を稲が完全に消化できなかったらしく収穫した稲が胴割れを起こし、ほとんど「2等」になってしまった。口惜しい思いであった。そんなこともあり、今年は少し早めにということになった。

 私の田圃は、20a田であった。過去形である。20a田なら、25m×40mなので動散を背負ってもあぜ道を歩いて散布できるのだが、4〜5年前、畦を一本とって40a田にした。つまり、現在形では、40aが3枚、60アールが1枚となっているのである。であるから、どうしても、田圃の中を歩かなければならない・・・。この作業は稲作作業で最後の半日の重労働作業である。



 意を決して取り掛かる。最初に動散の調子をみる。20年近くなる動散のかかり具合は良好。新しい時分は、バッテリーで動散の散布量がわかるゲージがついていた現在は、そのバッテリーもなく、ゲージの液晶も曇って使いものにならない。



だから、散布量の判断はまさに「勘」と経験である。今の時代にしてみれば、「前近代的」な機械に違いない。あぜ道を歩く早さと、田圃の中を歩く早さが同じでなければならない。そうしないと均一には散布できない。完全な均一を求めるわけではないが、やるからには均一にこしたことはない。


10数年間毎年この散布をしているおかげで、「勘」はよくなった。一回の散布で肥料は少しあまってもいいから、足りなくならないように気をつける。

 一回分の散布量はNK23を20aに1袋(20?)成分にして、Nで2?である。20?の肥料を背負うんだから、機械重茂含めれば40?にはなる。


これを9回やらなければならない。最初の数回は割合と楽、こんなこんかと鼻歌も出てきそうであったが、4回目からはさすが汗がたらたら・・・。それに、肩にかけるベルトが肩に食い込んできて・・・。


だから、一回散布しては10分くらい休む。喉も渇く。冷たい水を準備すればよかったが、面倒くささに怠けた。それでも曇天だから楽である。


 6回目頃から、後何回・・・とカウントダウンだけ気にかかる。そんなことばかり気にかけながら、終わったのが12時半、9時半からはじめたから、賞味3時間といったところ。こんなもんなんだが、今年の重労働が終わったという実感がわく。家に帰ってからビールが最高に美味かったのである。