<労組活動・・・農業・農協問題研究所現地検討会4・・・>

現地検討会の写真です

<労組活動・・・農業・農協問題研究所現地検討会4・・・>


 今回は前回の続きなのだが、伊東サダ子さんが報告しなかった、というより出来なかったことやドラゴンフレッシュセンター(以下、DFCという)がどうして成功したのか等も含めて報告したい。


 前回「一味も二味も違う」と言い切ったが、そして、周辺に7〜8箇所の直売所があるといった。しかしその直売所の売上げは、多くて1億円、平均すれば6〜7千万円でしかない。どうしてDFCだけが2億円もの売上げがあるのか・・・。 


直接、DFCにいってそこに並んでいる商品を見れば一番いいのだが、一般のスーパーの商品より、安い、そして品物がいい、新鮮である。つまり、スーパーにはない商品を陳列して、そして品ぞろいも豊富、ということに限る。スーパーと同じものをそろえていたんでは、スーパーに負ける。差別化できないからである。



 開設当初は、同業者という存在はなかったので、皆、「スソモノ」を100円程度で販売していた。大根3本で100円。きゅうり10個で100円。キャベツ大1個で100円などなど、これには消費者もびっくりした。手にもてないくらいいっぱい持って、せいぜい1000円どまり。いわゆる今の「100円均一」店の農産物版であった。当時、このような「業態」はなかった。売れた、売れた・・・そのおかげで、会員はすぐに定員の100名を突破した。

 しかし、それで会員は有頂天になった。安ければよい、という考えが出てきた。そんなこともあって、お客さんからクレームが来た。腐っているとか美味くない・・・などなど。


一人一人のブース(かご)には名前がつけられているが会員間で議論になった。「あなたが悪いもの出せば、全体の品物が悪いというイメージになる」そんなこともあって、他の直売所と掛け持ちする会員も出てきた。要するにDFCにも出すし、他の直売所にも出す・・・・。


 それについては、内部でケンケンガクガクの議論が出た。結論としては、他の直売所への出店は認めない、ということになった。それを認めれば、二股をかけた会員は、品物がよいか悪いかではなく、どちらがよく売れるか、で判断し、DFCの品質が低下する、と。今で言えば「独禁法」に抵触する???。

 これにも当時の八竜町農協のメロン部会での「集荷一元化」のメロン生産農家間の大議論が背景にあった。詳しい紹介は省略するが、メロン農家が農協の厳しい検査に嫌気を指して業者に「横流し」したことでその農家がメロン部会を「除名」になった事件である。(これには私がメロン部会の事務局をしていてその事件の当事者であった)


 このような背景はあったが、この裁定を下したのは伊東サダコさんであった。彼女の指導力で、口数の多い母ちゃん連中を纏め上げたのである。


それによって、会員から離脱した人もいたが、そのことによって会員間で「絶対悪いものは出せない」という意識が統一されていった。このことが、お客さんからのクレームは絶対出させない、クレームが来た会員は肩身の狭い思いをするようになった。


 こんな経過もあって、DFCの会員の意識は他の直売所の会員の意識とは一味も二味も違うようになった。それが、既存のスーパーの青果物との差別化となって「ブランド」が確立し、2億円の県内一の販売実績につながっていると私は見ている。


 現在は、100人の中で最高販売額会員は700万円。二年に一度の県外研修には80%の会員が参加する。最高齢は80歳のばあちゃんも。

旦那方にすれば、「肥料や農薬はオレの貸越につけて、販売額は母ちゃんの口座に・・・こんなことってあるかよ・・・」となるのだが、一旦まとまった団結力は男より女のほうが強い。

サダコさん曰く「昔は父ちゃんのパートナーが母ちゃんだったが、今は母ちゃんのパートナーが父ちゃん」となったとのこと。女が強くなれば、農業も活性化するという見本か。そこには伊東サダコさんという強力なリーダーがいた。