<お葬式⑤・・・>

咲き始めた白ボケ

<お葬式⑤・・・>

火葬の最中、裏方は火葬が終わって戻ってくるまで、祭壇を作ることになる。要するに位牌や遺骨など飾る棚である。この棚そのものは集落の共有として何十年前からそろっている。それを組み立てればいいだけになっている。


問題は供物の位置、配置である。生花、飾り花、タオル花、缶詰セット・・・親戚や本家、分家からそして、子、孫の名前で様々あがる。この配置にも序列、格式というものがある。


祭壇もそうだが、奥が高くなっていて格式的にも高い。しかし、供物そのものは見えにくくなる。特に生花などはいくら艶やかなランなど飾っても手前にも同じような花を置かれれば、目立たなくなってしまう。


序列からして奥に飾ると目立たなくなるのは当たり前で、それを目立てろ、と無理な注文が来る。今回もそれが来た。これも本家の私には直接来ない。これも「本家」という威光がそうさせるのか、私には言いづらいらしい。きたとしてもこれは無視するしかない。女の見栄のなせる業である。


葬儀屋に聞くと祭壇の飾り付けにはいろいろなやり方があって、宗派によっても違うとのことである。供物の配置等で葬儀屋に直接苦情が来るときもあるという。これは困るらしい。だから、きちっと仕切る人がいると本当に助かるという。この集落はほとんどが曹洞宗で形式が同じで、やり易い方だと。


火葬が終わって、祭壇が設置されて・・・これで一安心。だが、日程の半分も終わってはいない。これから、葬儀の席順及び葬列の順序に入るわけであるが、この前に2日間の通夜が続く。この通夜というのが私は本当にいやというか苦手なのである。

通常、火葬が終わった日から通夜は始まるのであるが、これは地域、宗派によって様々なやり方があるらしい。当地では、午後7時ころから「念仏講」がある。曹洞宗と「念仏講」とは不勉強なため、どんな関係が有るかわからないが、それが約一時間。念仏を唱えるのはどういうわけか女性のみ、別に女性でなければならないということはないらしい。



男性が念仏を唱えているのを何度か見たことがある。習慣的に念仏講は女性、通夜は男性という具合に分担されているのではないかと・・・これはあくまでも推定である。終わると通夜の訪問客が次々と訪れる。

これはほぼ男性である。通夜というのは、遺族に「悔やみ」を述べ、故人の生前の思い出を語りあうものだと理解しているが、実際は形式的なものになりつつある
通夜客は仏前に拝礼して、遺族に悔やみ言う。85歳でなくなった故人であるから、通常は「早かった」などとは誰もが思わない。


まして、付きっ切りでの看護を余儀なくされた場合など、付添い看護の苦労を慰めることは大いにある。「早く逝ってよかったね・・・」などとは口が裂けてもいえないが、腹の中ではそう思っている場合が多々ある。形だけの線香、これも儀礼である。



悔やみを述べてから、8畳、8畳、6畳の通し間によばれる。大きなテーブルというか茶托を3個ほどおいて通夜客を接待する。「悔やみ」に来た客をもてなすということである。これは、もてなさられる客のほうが結構つらい。



だいたい8時ころであるから、皆、晩酌付の夕ご飯はおおよそ済ませてくる。それから、飲食の接待とはいっても酒、ビールはなかなか胃の中には入っていかない。自宅にいれば食事後はあとは風呂に入って寝るだけだから気楽であるが、この席では酒は入っていかないし、入ったとしても通夜だから酔っ払うこともできない。



テレビがついているわけでもない。隣に座った人と世間話程度。ただ、飲んだふり、食べたふりをして2〜3時間過ごすことになる。狭い部屋にギュウギュウ詰めになるのが常なので、隣に座った人と話が弾めが楽しいひと時となるが、世間話では二時間も三時間もはきつい。

夜は読んで字のごとく、「夜を通す・・」ということである。徹夜をして、逝った人を慰めるという意味合いも有ると聞いている。それからして、早く帰るのはご法度である。中には、そのまま泊り込む輩もいる。そういう人はだいたい決まっていて「有名人」である。


このようなことから、どうしても辛気臭い雰囲気になる。通夜だから仕方ないという人もいるが、私は大嫌いである。幸い(?)にして今回は私は「主催者」側だから、酌して回らなければならない立場である。あっちへ行って注しつ注されつつ・・・なので楽しいわけではないが苦痛でもない。こんな2日間で帰りはどうしても12時近くとなる。(つづく)