<労組主催のシンポジュームがありました・・・Ⅳ>

赤水渓谷にはこんな小さな滝がいくつも

労組主催のシンポジュームがありました・・・


零細農家を「安楽死」させるための「麻薬」?


第一に、「農業」保護から「農家」保護への政策転換だということ。今までは日本の農業を守ろう、というスローガンであったが、今後は「日本の農家を守ろう」という形に実質なる。


「農家を守る」ということが、「農業を守る」ということと必ずしもイコールにはならない可能性がある。


そんな意味からして、消費者との連携がスムーズにいかない可能性もでてくる、ということ。


 第二に、「集落営農」は5年後に「法人化」を目指している。5年後の将来のビジョンを描ける農家がいるのか。「猫の目農政」が将来の方向性を描ききってはいない現状がある。

自給率を45%にすると公言していながら、もう8年近く40%を上回ってはいない。そして、コメの値段は下落し続けている。


 第三に、農協が、コメの生産調整をするということ。食糧の安定供給は政府の責任である。その根幹を成す生産調整が国の手から離れる・・・(関与はするけど・・・)これは何を意味するか? 


経済団体でもある農協が、コメの販売競争・産地間競争激化の中で、需給調整の主体となりえるかということである。生産調整事務だけでも相当のコストがかかるということ。 

それでも「農協離れ」が進行している中で農家が農協の指導に従うか。


 第四に、これが一番の問題といえるのだが、「集落営農」はそれに参加できる農家、―――リーダーと一定の協調心をもった農家で構成されなければ、成功しない――― と非参加農家(協調心が劣っている農家)が分断される中で、「地域の力」「集落の力」で減反を成功させてきた経緯がある中で、その「地域の力」「集落の力」が落ち、生産調整への非協力農家が相当数発生するだろうと推測される。

そうすれば、一層米価が下落し、この対策の意味がなくなる。これ以上米価が下がれば、担い手なんか育ちっこない・・・。


 この話を聞いている、参加者は本当に真剣でした。「船を漕ぐ」ひとは誰もいない・・・後の「感想アンケート」にもあったが、「JA等の説明会では問題点は教えてくれなかったから、本当に勉強になった」という感想が相当数あった。

先生は実際の例を出しながらの話で、そして、それに共感する会場からのうなずき・・・。

私もすごく勉強になった。要するに零細農家を「安楽死」させるための「麻薬」と違うか
、それと同時に日本の農業も「安楽死」させようとすることらしい。農政の根幹である「生産調整」を骨抜きにする可能性があるのだから・・・。

じゃ、どうすればいいのか? これには簡単な答えは出てこない・・・。


政策は、問題があるけど来年から走る。この政策に乗らなければ、補助金はこない。補助金を拒否して農業をできる人はいい。

しかし、大半の農家は、拒否すると家計に相当影響するはず。4ヘクタール以上の農家は、そのまま担い手として認定されるが、それ以下の農家は、(実際9割の農家がそのような農家であるのだが・・・)「集落営農」の方が「ベスト」ではないが「ベター」なはず。

しかし、「集落営農」は地域関係、人間関係・・・もろもろの地域事情が絡んでくる。それで壊れる可能性も低くはない。「だめもと」でやってみるしかないのでは・・・。


読者の意見を聞きたい。「集落営農」に参加するべきか、否か・・・・